マイケル・ムーア氏のウォール街救済プランを斜め読みする
2008年10月12日 12:00
先に一度目の否決を経てようやく可決した、アメリカの金融危機救済法案。だが、いまだにアメリカ国内では反対の声が根強く、またその効果についても疑問視をする意見が少なからず存在する。この法案のやり取りもあわせ、現在進行形の「アメリカ発金融危機」(「金融工学」危機)において、『アホでマヌケなアメリカ白人』をはじめとするさまざまな名作(奇作)を生み出している、アメリカの奇才映画監督・プロデューサーのマイケル・ムーア氏がウォール街救済プラン(【Here's How to Fix the Wall Street Mess ...from Michael Moore】)を可決前の10月1日に提示していた。内容が非常に興味深いものなので、注釈などもあわせて簡単に紹介することにする(【翻訳参考:地球が回ればフィルムも回る】)。
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ムーア氏の救済プランでは最初に「アメリカ人全員の1.5億人のうち最上位層である400人が、富の約半分以上の1.6兆ドルを保有している」バランスの悪さを指摘し、さらにブッシュ政権下の8年間で彼らの資産が金融危機救済法で使用される予算と同じ7000億ドル増えたことを挙げ、「自分たちの仕出かしたことは自分たちでカタをつけるべきだ」とし、次の10項目を代案として提案している。法案が可決した今では代案も何もないのだが、今後においても検討するに値するだけの内容を秘めているのは確かだ。
1.ウオール街で、承知の上で今回の危機到来に加担した者を犯罪者として起訴するため、特別検察官を任命せよ
一連の金融危機を引き起こした張本人らに対し刑事罰を加えるべく、特別の権限を持った検察官を任命しろという話。線引きが難しい話ではあるが、似たような声は世界規模で高まりつつある。
2.救済経費は富裕者が自ら負担すべきである
「富裕層が住む家は7軒から5軒に、乗る車が13台から9台に減るかもしれないが、2000ドル以上も収入を減らされた中流層が彼らもう1隻のヨットのために10セントでも支払ういわれなどありはしない」。そのため、一定以上の年収を持つ人への追加所得税や、大企業への連邦所得税を1950年代の水準に戻すことを推奨している。
主張の基は理解できなくもないが、多少強引なところもあり、さらに所得税率を増やしたからといって税収がそのまま増えるわけではない。税制のもっと緩いところに企業が逃げてしまい、税収が半永久的に失われてしまう可能性もある。個人の場合もしかり。もっともムーア氏に言わせれば「彼らは愛国者なのだからアメリカ国内から、税金のために逃げ出すはずもない」ということになるのだろうが。
3.緊急救済すべきは住居を失う人々だ。8つ目の住宅を建設する連中ではない
7000億ドルを銀行の不良債権の買取に使うのではなく、サブプライムローンの根幹部分にある住宅ローンそのものの返済に充てるべきだという話。解消費用は1500億ドルで済むとのこと(正確には国が代わりに立て替えてやる、という意味)。
これは中々興味深い話。サブプライムローン問題は元々サブプライム層のローン支払いが滞り焦げ付いたのがきっかけ。その焦げ付き部分を政府が立て替えて代わりに徴収するようにすれば、サブプライムローンを細分して含めた金融商品の焦げ付きもなくなるし、その焦げ付きで生じたCDS問題も(とりあえず現状は)沈静化することになる。もちろんサブプライムローン問題そのものは「支払い困難」という状態が続くので、最終的に政府立て替え部分の少なからぬところが貸し倒れとなるだろう。だが損失額は銀行からの債権買取よりは安上がりになるかもしれない。
4.あんた達の銀行や会社が我々からの「救済金」を少しでも受け取れば、我々はあんた達の主人だ
これは金融機関の国有化を意味するのだろうか。すでにアイスランドなどで実行中の話であり、事態が悪化すればアメリカでもムーア氏が言わなくとも実行されるかもしれない。
5.規制は全て回復しなければならない。レーガン革命は死んだ
今回の「金融危機」は、金融に関する規制があまりにも緩和されすぎ、証券銀行などが暴走したのが一因とされている。フランスのサルコジ大統領も何度と無く金融関連の国際的な規制強化をうたっているし、先のG7でも情報の開示・透明性の強化などを提示している。
6.失敗が許されないほど巨大なものは存在も許されない
ウォーレン・バフェット氏の「現在は経済的真珠湾攻撃的な事態である」(【バフェット氏いわく「現在の金融危機は”経済版真珠湾攻撃”だ」】)を引用する形で「人々の資産が何千何百の企業に分散していたら起こりえないことである」と付け加えている。要は「大きすぎて潰せない」企業は存在そのものを許すべきではない、許してしまったから今のような事態になったのだとする主張。規模を大きくすることで事態の悪化を回避するのはスケールメリットを逆手にとった戦略の一つであるが、現状のような弊害をも生み出してしまう。
7.いかなる会社重役も、従業員の平均賃金の40倍を超える報酬を受け取ってはならず、会社のための労働への妥当な給与以外にはいかなる「ゴールデンパラシュート」も受け取ってはならない
要は「お前ら金取りすぎだ」。日本のCEOは社員の17倍・イギリスでは28倍の所得を得ているのに対し、アメリカでは400倍であることを挙げ、さらに今回のような混乱を招いたとして猛烈にバッシングしている。
企業が正当な収益をあげるために正当な貢献をしたのなら、それに見合うだけの報酬を得る正当な権利はあるはずなので、一概に「貰いすぎだから良くない」という批判は正論に欠けるところがある。とはいえ、世界的な「ヘマ」をしでかした(元)証券銀行や金融機関の役員らに「正当な」資格があったかどうは疑問視されるところ。
8.連邦預金保険公社を強化して、国民の預貯金にとどまらず年金と住宅の保護のモデルとせよ
「国民が老後のために支払った掛け金がなくなっていないかと心配することがあってはならない」どこかの国の官公庁の幹部に1万回朗読させたい言い回しである。とはいえ、その「どこかの国」では「従業員の年金の基金を管理する企業を政府」の機関そのものが、そこに属する労働者の労働組合が率先してサボタージュや不正行為をしていたのだからお話にならない。
9.深呼吸をし、落ち着いて、恐怖に日々を支配させないことが誰にも必要だ
これは先に【92%の女性が「経済でストレス」~金融危機で深まるアメリカのストレス社会化】でも触れているが、テレビなどが過剰な報道をすることで人心が惑わされ、それが金融信用不信を助長する一因になっているという話。事態をとらえる視点は複数存在し、その見方によって印象も変わっているということだ。また、テレビをはじめとするメディアが事態を面白おかしく、大げさに誇張して演出し報じて、騒ぎを大きくするのは世界のどこの国でも変わらないということだ。
10.民衆の「国民銀行」を作ろう
せっかく国策としての救済策で政府系住宅金融会社やAIGなどを半ば国有化したのだから、これを活用し、公共サービスの充実に役立てようという話。面白い話ではあるが、金融危機の混乱を沈静化させてから検討すべき内容なのかもしれない。
以上10項目にざっと目を通してみたが(詳細は翻訳記事参照元、あるいはさらにムーア氏のサイトで確認してほしい)、骨子としては「今回の金融危機を招いた張本人を特定し、しかるべきペナルティを与えるべき」「資金注入は適切に、効果的な方法で」、そして意外にも「国そのものの手腕に期待をしている」というところだろうか。むしろ国が本来あるべき姿が、今回の「張本人」らに振り回されているのを憂いている感が強い。
特に興味深いのは3番目の「サブプライムローンの根幹部分にある住宅ローンそのものの返済に充てるべき」という話。現在の金融危機が「サブプライムローンの焦げ付き」「サブプラを含む金融商品の市場崩壊」「金融機関の財務毀損」「金融機関の破たん」「CDSの連鎖作動と支払い問題」というように連鎖的に生じていることを考えると、大本の「焦げ付き」を救済することで(時間はかかるが)事態が打開する方向に進む可能性は低くない。もちろんこれはアメリカ国内だけのことなのでヨーロッパなどの問題は解決しないし、なかばインチキ化している金融商品群の整理・統合・回収・そして規制は必要になるだろう。もっとも、今からやっても間に合わない可能性は高いが。
(最終更新:2013/09/06)
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