5つの「理想的な母親像」神話と真実
2008年10月07日 06:30
当方(不破)は女性でないので心境を推し量ることは出来ないが、少なからぬ母親が「しつけのために子どもをしかりつけ、その後自分自身の行動に罪悪感を覚えてしまい、ジレンマに苦しみ」、そして子育てそのものにも疲れてしまうという話を聞いたことがある。彼女らはいつも次のように考えてしまう。「良い母親はもっと適切な対応をしているに違いない。自分のしつけはダメな方法なんだ」と。彼女らが頭にイメージする「理想的な母親像」と自分自身の姿をいつも比較し、プレッシャーにさいなまれることが「母親疲れ」の大きな要因なのだという。ところが……
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【msnbc.com】に掲載されていた「幸せな子どもを育てることに関する驚くべき事実(と作り話)(Moms always like their kids and other myths……The surprising facts - and fiction - about raising happy children)」によれは、世間一般に言われている「理想的な母親像」は言わば「神話的なもの」に過ぎず、それを気にしすぎているとプレッシャーに押しつぶされてしまうと警告している。そして「ちょっと振り返って考え直してみましょう。世間一般の『理想の母親像』についてよく見れば、それが多くの(自分以外の母親たちが)成しえているというより、むしろフィクションに近い事柄であることが分かるはずです」と、肩の力を抜くよう勧めている。
具体的にどのような「理想的な母親像」が現実とかけ離れているのか。元記事では5つの事例を挙げて説明している。
1.「良い母親」はいつも自分の子どもを愛しています
実際には母親とて一人の人間なのだから、「自分の子どもを好きでない」と考えてしまう時があっても不思議ではないと心理学者のChristine Nicholson博士は語っている。ほとんどの場合は、母性本能がその考えを口に出すことをとどまらせているに過ぎない。一日のうち3/4の時間で「子どもが好きだ」と考えているのなら、それで十分だ、とのこと。
2.「良い母親」はすぐに自分の子どもに愛着心を覚えます
最初の子どもには大きな愛着心を持つものの、二人目、三人目となると一人目の子どもに対する「愛着心」をすぐに感じない場合もある。そしてその心持ちに気がついた自分自身を責めてしまう母親が多いという。この現象について心理学者のDiane Sanford博士は「女性には自分の子どもを保護して愛する母性本能があるが、その本能がすぐにわき上がるとは限らない」と説明している。そして時間の経過と共に子どもへの愛着心は育っていくものだから、自分自身を責めてはならないとコメントしている。
3.「良い母親」はすべてにおいて欠点などありません
掃除洗濯礼儀品行経歴知識美貌その他諸々の項目において、「良い母親」はすべての面でバランスよく優れていると思われている。しかしそんなスーパーウーマンなど世の中にいるはずもない。料理が今ひとつだったり掃除が苦手だったり、洗濯もので時々ミスをしでかしてしまうかもしれない。けれどもその失敗や技術の未熟さで、自分の母親としての立場に自信を無くす必要はない。完璧な人などいないのだから、(他人が許容できる範囲で)妥協をすべきである。
4.「良い母親」は多くの時間を子どものために費やし、子どもたちもそれを喜んでいます
日本にも「過保護」「子離れができない親」という言葉があるが、いつも子どもに寄り添うことこそが正しいと考えている母親がいる。例えば旅行、例えばサッカーチームの試合、例えば毎日就寝前にベッドの中にいる子どもに話しかけること。しかしそれは子どもにとって「ありがた迷惑」なのかもしれない。「時として親しみは軽侮を招くもの(Sometimes familiarity breeds contempt.)」とは良くぞ言ったものだ(ある詩人の語りだそうな)。
子どもは成長するにつれて独立心を身につけ、保護者の目を逃れて「自立」したいと考えるようになるもの。あまり自由奔放にさせるのも問題だが、子どもに過度の注視を向けすぎると子どもは「監視している」と疑心暗鬼におちいるかもしれない。「過保護」「子離れができない親」がポジティブな意味で使われていないことからも分かるように、子どもの年齢、成長にあったやり方が必要になる。
5.「良い母親」は母親たちの集まりに必ず属しています
ある程度時間に余裕ができる母親たちの間では、社交的な集まりやグループが形成されることになる。そして「良い母親」は必ずそういったグループに属さなければならないと思われているフシがある。しかしそんなプレッシャーは無用。自分の時間的な都合や事情と相談し、無理な場合は断るべきである。
これらの話を当方なりに要約すると「過ぎたるは及ばざるが如し」「世間一般に思われている理想像にとらわれ過ぎるな」というあたりで落ち着くだろうか。もちろん、例えば3番目の項目を目にし「私料理嫌いだし、欠点のない母親なんていないって話だから、料理やらなくてもいいよねー」などと免罪符代わりに使われては困る(笑)。
もし自分が「母親としてダメかも」と思っても、そこで自分自身の心を傷つけるのでは何の解決にもならない。近所に相談に乗ってくれる友だちやお茶仲間が居れば話を聞いてもらうもよし、両親が同居していれば「経験豊富な先人」の声に耳を傾けるもよし。そして今や星の数ほど存在する「母親向けのコミュニティ」へアクセスし、自分と同じ悩みを持つ人の意見に目を通してみるなり、自分の想いを託して他人の意見を聞くのも良いだろう。
とにかく、「理想的な母親」を目指すのは結構だが、そのためにかえって自分をダメにしてしまっては本末転倒。要は「バランスの問題」。適度なプレッシャーは必要だが、過度に自分を痛めつけてしまっては元も子もないということである。
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