集英社・講談社・小学館・角川4出版社の財務状態をグラフ化してみる

2008年09月02日 06:30

出版社イメージ一時中断状態になっているが、ここ一、二か月の間、アニメや書店、音楽業界、テレビなどメディア関連の業態を財務諸表を中心にデータをグラフ化するなどして眺め、現状と先行きを推測する記事を意識的に展開している。「何か大きな動き」がこの周辺でじわじわと起きている雰囲気が感じられるからだ。そのような中、巡回サイトの一つである【新文化】で公開されている主要出版社の決算データを見て欲しいというリクエストがあった。せっかくだから早速斜め読みをしてみることにする。

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さて、具体的な出版社名としては角川グループホールディングス、集英社、講談社、小学館の4社があげられる。このうち角川は上場企業なので毎年各種決算書を公開しているが、他の企業は非上場なのでウェブ上にそれらの材料は見当たらない。関東財務局あたりに出向けば手に入るという話もあるが、今回はパス。取り急ぎ、新文化に掲載されているデータを逐次抽出し、簡単にグラフ化してみることにした。

最初に注意事項をいくつか。集英社はかろうじて売上高・税引前利益・当期純利益を揃えることが出来たが、小学館・講談社は売上高・当期純利益しかデータがそろわなかった。また、出版社によって決算月が異なるので、特に後半部分では決算期の違う会社を一まとめにして、「直近決算期」から1年ずつさかのぼったものを無理やり併記するという、やや無茶な方法でグラフ化を行っている。あらかじめご了承願いたい。

それではまず、「週刊少年ジャンプ」でおなじみな集英社の直近7期の決算状況を。

集英社の直近7期の決算状況
集英社の直近7期の決算状況

売上高は一時持ち直しを見せたものの、2年前から再び下降し、2008年5月期(2007年6月1日~2008年5月31日、以下同)には2005年5月期の水準にまで落ち込んでいる。そしてなにより、その時期と売上がほぼ変わらないにもかかわらず、利益水準は大きく下げ、かろうじて黒字を確保した形となっている。

新文化には「雑誌・書籍・広告の主要3部門で前年実績を下回った」とあり、ほぼ同じ売上の2005年期(雑誌のみ減で他は増)などと比べると、出版事業全体が軟調であることが分かる。また、売上は変わらず利益が落ちているということは、単純に考えれば、差し引きで経費が増えていることを意味する(他に特殊事情がある可能性は否定できないが)。

集英社の状況からの推論を裏付けるのが次のグラフ。4社の売上高及び該当期純利益(最終的な儲け)の推移をグラフ化したもの。前述したように決算期が違うものを「直近からさかのぼる形で併記する」ことはやや無理があるが、便宜上のものとして勘弁いただきたい。

売上高推移
売上高推移
純利益推移
純利益推移

大手出版社ともなれば、大ヒット作1本が出れば複合的な利益が望めるため、利益が大きく跳ね上がる場合がある。角川における『涼宮ハルヒの憂鬱』が好例だ(主要テレビ局の場合はテレビ朝日における『相棒-劇場版-』が相当する)。そのため個々の出版社の利益が会社毎に乱雑な形で大きく上下するのは仕方がないところではあるが(要はヒットが出れば上向きに、出なければ横ばいか下向き)、直近決算期においては全社が大きな下げを見せている。

純利益でマイナスを見せた角川の場合、「保有固定資産及びのれん未償却残高の減損処理」(要は在庫商品の価値を低く見積もり直し、これまでの見積もりとの差を損失として計上すること)が大きく足を引っ張っている。しかしこれも元をたどれば「在庫増加なり採算状況の悪化している部門が元」なわけで、事業が軟調であることが遠因といえる。

売上は「さほど」落ちていないのに、収益が大きく落ち込んでいる状況は、次のグラフではっきりとする。

売上及び純利益の前年同期比
売上及び純利益の前年同期比

売上高減少率はいずれも数%の減少にとどまり、角川ではむしろ増加している。にも関わらず利益が大きく減少しているのが分かるだろう。


新文化上で公開されているデータやコメント、及び角川の決算短信などをあわせ見た上で、このような「直近決算期では売上の減少率は数%にとどまっているにも関わらず、純利益が急速に落ち込んでいる」状況になった原因を推測してみると、次のような項目にまとめることができよう。

1.出版業界は売上高営業利益率が低いので、元々損益分岐点スレスレのところでやりくりしてきたから
 例えば角川の直近データでは売上高営業利益率(要は売上に対して営業利益=本業の利益がどれくらい生じるか)は3.4%でしかない。ちょっとした経費の増加があれば、すぐに足が出てしまう。

2.本業以外の損失要素が発生した
 これは角川の場合。前出したように「保有固定資産及びのれん未償却残高の減損処理」が発生したため、大きく利益を損じることになった。ちなみに営業利益(本業)の部分ではちゃんと黒字が出ている。集英社や小学館、講談社でそのような処理がなされたという記述は見当たらない。

3.販売管理費、特に人件費の増加
 これも角川の決算諸表からのもの。売上高・売上利益は昨年とさほど変わらない。つまり後述する「原材料費の増加による経費増」は当てはまらない。原材料費が上がったのなら本の価格を上げればよいだけの話(一筋縄ではいかないだろうが)。
 一方で販売管理費、特に給与手当や福利厚生費、その他項目の人件費が増加しているのが目立つ。昨年度と比べ、売上利益がほぼ変わらずなのに、販管費が増加しているので、営業利益が大きく減じてしまっているのだ(前年度比-30.6%減)。
 あるいは他の出版社も多かれ少なかれ、似たような状況だと思われる。
 ※注:売上利益=売上高-売上原価、営業利益=売上利益-販売管理費(人件費や福利厚生費など売上とは直接関係の無い費用)
 ※注2:角川の事例に限れば、「人件費が増大するほど規模を拡大している」と見ることもできる。ただしその場合、規模が拡大して売上が以前とほぼ変わらないのだから、「営業効率の低下」「業績の不振」と考えるべきだろう

4.原材料費の上昇
 これは確かな理由となりうるが、「3.」にもあるように少なくとも諸表上からはそれを見出すことはできない。たとえ売上原価が多少上がっても、販売価格の引き上げで十分対応できる範囲にあるはず。今のところは、だが。

5.売上・利益率の低下
 売上が減少しているのは各種データにある通り。また、角川の決算短信上に「販売金額の低価格化とあいまって」という表記があることなどから、「1.」と深い関係があるが、商品そのものの利益率が減少している可能性がある。
 非上場3社の直近決算期ではそれぞれ次のように語られている。
 ・集英社……「雑誌・書籍・広告の主要3部門で前年実績を下回る」
 ・小学館……営業利益がマイナスに(=本業で赤字)。
       「雑誌・書籍・広告の主要3部門で前年実績を下回る」
 ・講談社……営業利益がマイナスに(=本業で赤字)。


以上5つほど挙げてみたが、一言でまとめると「元々カツカツで儲け難い業態だったのに、インターネットの登場や他の新興出版社の活躍で売上は落ちるし、利益率は低下するし、人件費は増えるしで、どんどん儲けがとんでいっちゃうよ」ということになるのだろうか。

「書籍が儲からないならネットに向かえばいいじゃない」とどこぞの王妃みたいなことを意見する人がいるかもしれない。しかし、現状ではインターネットで継続的な利益構造を、出版社が構築するのは困難といわざるを得ない。似たような状況に追い込まれているのが、新聞社や音楽業界ともいえる(音楽業界は携帯電話を味方につけつつあるので、まだ救われているが)。

切り株とうさぎイメージ売り手の大本である出版社の利益が大きく減り、販売窓口の本屋も業務・経営状況は良好とはいえない状態にある。やはり出版業界を取り巻く環境という区切りで見ても、その環境が大きく変わりつつあることは間違いない。

果たしてそれが出版業界に限定されるものなのか、それともそれを含めた「メディア」そのものが大きく変わりつつあり、互いが色々な面で影響しあっているのか。ここでは結論を出すには材料が少なすぎるし早急に過ぎる感が強い。だが、背を低くして嵐が過ぎ去るのを待っていたのでは、その嵐が過ぎ去った後には何も残らない可能性が高いのも事実といえる。試行錯誤を繰り返す中で、どの出版社がどんな「正解」「新たな航海図」を見つけ出すのか、今後の展開を注意深く見守りたいところだ。


(最終更新:2013/09/06)

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