【更新】「連鎖共振反応」と「あり得ないこと」の積み重ね……現在の金融信用不信の原因
2008年03月15日 20:00
先日[Financial Times]に興味深いコラムが掲載されていた。サブプライムローン問題に端を発する、現在まで続いている金融信用不信・縮小と相場の乱高下は、「連鎖共振反応」によるものと想定・統計上「あり得ないこと」が連続して起きているのが原因だ、とするものだ。
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●「玉突き暴落」
先日も【カーライルキャピタルの事実上のデフォルト】が原因で、そこと大きな取引をしていたベア・スターンズへの連鎖が懸念されニューヨーク連邦準備銀行とJPモルガンが支援を行なうなど(参照:[読売新聞])、ネガティブな連鎖が続いている。これも金融市場が世界規模にリンクする形で拡大し、互いが縁を切れない関係にあることが原因(アメリカに対する「デ・カップリング論」はもはやあり得ないというのが主流)。
元記事では「かつてはあのロイズですら詐欺的な行為で投資家の現金を搾取した。しかし現在の状況でファンドの資産が目減りしていることに対し、ファンドマネージャーの失敗によるものだと追求はあまりされていない。目減りの理由は、銀行などが担保に対する掛け率の査定を厳しくした結果、追加証拠金を支払ねばならなくなったからだ」と説明している。要は信用取引をしている投資家が、自分の担保株式の掛け率を思いっきり下げられ、追証も払えずに仕方なく手持ちの担保を売却せざるを得なくなる(強制損切り)状況と例えることができる。
一方で、「どこで失敗したのか」を後付で説明するのは誰にでもできる、とした上で、このような場合にはある状況が繰り返される……つまり市場環境の「思いがけない・想定し得ない悪化」によって急に換金を求められた資産層が連鎖反応を起こし、てこの原理のように大きな市場変動を巻き起こしうると説明している。つまりは突拍子も無いアクシデントが玉突きのように広範囲に、そして金額規模を大きくしながら広がり「現金化(金融資産の売却)の連鎖」を引き起こしているというものだ。
これらのいわば「玉突き暴落」に対し、通常の投資手法における対処法で対処し切れなかったことへの説明としては「Perfect Storm」(百年に一度あるかないかの嵐)や、もう少し学術的には「Multi-Sigma」(統計学的にありえないこと)という言葉が用いられている……言い訳、と解釈することもできるが(文面からはそのようにも読める)、それはここの本題からは外れるので言及しない。
●「Perfect Storm(連鎖共振反応)」と「Multi-Sigma(あり得ないこと)」
「Perfect Storm」と「Multi-Sigma」についてもう少し説明しておく。「Perfect Storm」は有名な映画……ではなく、気象観測的に「百年に一度あるかないかの嵐」が直接的な意味。ただ英語の場合だとこのほかに、「一個の巨大な嵐ではなく、同時多発的に発生した嵐が偶然の組み合わせによって巨大な影響力を及ぼすもの(Wikipediaなどから翻訳)」という意味がある。共振、とも表現できる連鎖増幅反応と説明すれば良いだろう。
つまり現在の金融市場の混乱は、一つ一つの小さな嵐が連鎖共振反応を起こし、全体に大きく波及している、という解釈になる。具体的にはまさに冒頭で実例を示したように、「一つのファンドや証券会社の危機が、他の機関への懸念・危機に結びつき、規模を拡大していく」というところだろう。
「Multi-Sigma」はもう少し難しい。統計学的、標準偏差の世界では株価(に限ったことではないが)はその実数値に対し上下2σ(シグマ)に95.44%が収れんされる傾向にある。つまり実数値に対して-2σ以下、+2σ以上になる確率は4.56%(=100%-95.44%)でしかないわけだ。これが±3σ以内なら99.73%、±6σなら実に99.99966%の精度となる。確率論・統計学的には100万回で3.4回しか「±6σのイレギュラー」は発生しないわけだ。
ところが昨今の金融市場の状況では、-2σどころか-5σ、-6σが連続して発生する事態が起きている(昨年夏の「サブプライムローンショック」が良い例)。まさに「Multi-Sigma」(複数のσな状態=通常考えられない、ありえないこと)がおきている、ということになる。「99.99966%の確率で大丈夫です」と説明されて出された生がきに当たり腹を壊したら、たとえ「100%ではない」と理解していても「聞いてないよ」と反論したくなるものだ。
そして、通常「あり得ない」、想定し得ない状況の株価や金融商品の下落が続くので、当然想定外の事態に対応できないファンドなどは損失を出すことになる。
●「Perfect Storm」は理解できる、しかし本当に「Multi-Sigma」なのか
当方(不破)は金融工学を学んだ身ではないので、もしかしたら的外れな話かもしれないが、それを承知の上で。
複数の金融機関・証券会社・ヘッジファンドが同時多発的に経営困難に陥り、それらが元々お互いに強い結びつきを持つ以上、どこか一つが転んだら他の機関も引きずられたり転ぶ可能性が出てくる。二人三脚ならぬムカデ競争で一人が転ぶとみんな姿勢を崩したり、転んだりするようなものだ。身近な例なら、近所の駅が廃駅となると、そこからの集客を狙っていた商店がばたばたと倒れていくようなもの。そう考えれば「Perfect Storm」は理解できる。
一方、「Multi-Sigma」はどうだろう。本当に(例えば-6σの事態と評された下落が)99.99966%の確率で起き得ない状況だったのだろうか。先に少し触れたが、ヘッジファンドはレバレッジをかけた取引が日常茶飯事。実際の担保に対し何倍、何十倍もの取引ができ、流動性が高まるというメリットがある。しかし流通額が増えれば増えるだけ、取引機会も増え、リスクと起き得るダメージは増加していく、と考えられないだろうか。
レバレッジなどで過大に膨らんだ
過剰流動性の状態を反映して
算出されたものだろうか
石だらけの道を進むとき、徒歩でいく場合とその10倍の速さで走る場合とでは、同じ時間ならもちろん走ったほうが長い距離を走ることができる。しかし、同じ時間における「道上の石につまづいて転ぶ可能性」も10倍になる。それだけ多くの「転ぶかもしれない道筋」を長く通過しているからだ。
これが「一定目標地点までの移動」ならば特に問題はない。走ろうが歩こうが、目標地点までに歩く「距離」は変わらないから。しかし「投資の世界」には目標は無い。ゴールは無く、走れる限りどこまでもいかねばならない。移動距離(=取引額や回数、利益や損失額)は走った方(レバレッジをかけた方)が長いが、当然転ぶ(=大きな損失を出したり破綻する)可能性も高くなる。
そう考えると、もしかすると現状における「-●σの下落などほとんどありえない」という考えは、レバレッジをかけた取引(さらにいえばその取引すら「Perfect Storm」のような連鎖を引き起こしうる)をあまり想定していない可能性がある。俗に言う過剰流動性を考えていなかった、というところか。
担保(現物、現金)に対して何倍も何十倍もの額の現金(とされるデータ)がやり取りされる状況において統計学を用いる際には、統計学そのものを軌道修正するのではなく、前提・設定を再考慮した方がよいのかもしれない。
●「サブプライムローン問題は地震、建物の破損や火災は機関の経営困難や破綻」
……と考えると現状が分かりやすいかもしれない。元々システム的に破綻したサブプライムローン問題という地震によって、あちこちの住宅(金融機関やファンド)に建物の破損や火災(業績の極端な悪化や破綻)が発生している。それぞれは単独で起きているが、同時多発的におき、それぞれが周囲に影響を及ぼすような状態。ガスタンクに火が回れば周囲に大きな火の粉を散らすだろうし、大きな建物が倒れれば周囲にも損失が発生する。まさに『シムシティ』における地震イベントのような状況だ。
この「地震」の部分にあたるサブプライムローン問題が、例えば一地域の小規模な金融取引におけるものなら、ここまで影響は無かった。ところがこれまでに伝えているように、細切れになった「問題債権」がそれこそ世界中の市場に出回っているのが現状。つまりこの例なら、「世界の金融市場全体に、一斉に大地震が起きている」という事態だと思えば良い。一斉に起きたこの地震は、それぞれの市場で火災や倒壊を引き起こし、それがさらに連鎖を繰り返しているということになる。
●金融市場問題対策は地震時の対処に学べ!?
上記の「『シムシティ』の地震イベントのようなもの」の例え方でいくと、サブプライムローン問題に端を発する世界的な金融市場の混乱への対応も容易に考えられる。まずは状況の把握(情報の開示)、最悪の事態を想定した上での計画立案(損失の大胆で確実な早期確定)、手の施しようのないエリアの整地化(他に影響を及ぼさないうちに「処理」)、そして何よりも警察や消防、場合によっては軍などの出動(公的資金の注入)などなど。手をこまねくばかりで自然消火に任せたら、町全体が焼け野原になってしまったのでは目も当てられない。
この考え方は個人個人の投資家にもいえる。一つの銘柄の損失が他に及ぶ事はないが、信用取引をしている場合には担保不足に陥るし、取引の上で重要な要素の一つ「精神面」にネガティブな影響を与え続けることは間違いない。損切り・処理は単に「これ以上の損失を抑える」だけでなく、精神面でのマイナス影響にサヨナラをする意味もあるわけだ。
市場の連鎖反応には【最近ストップ安が目立つのはなぜだろう】で説明した「情報と資金の過流動性で市場が敏感に反応する」や「ネガティブな情報の方が過敏に反応しやすい」なども多分に影響しているものと思われる。「Perfect Storm(連鎖共振反応)」と「Multi-Sigma(あり得ないこと)……と思われているもの」、そして「過流動性状態にある市場が投資家の心理上ネガティブ情報に対して過敏に反応している」。この3要素が現在の金融市場の不安定感の源といえよう。
「無茶なレバレッジをかけなければいいじゃないか」という考え方もある。しかし得てして機関において金融商品を取引するファンドマネージャーなどは、多くの利益を得ることのみで評価され、存在意義を確かなものにする。より多くの利益を得るため、大きなポジションを取るため、彼らはリスクを承知で多大なレバレッジをかけて取引を行う。彼らにレバレッジをかけずリスクを考慮して取引をしろ、というのは無理な話だ。
だとすれば昨今の金融市場の混乱は、あるいはレミングスの行進を行なうヘッジファンドたちの姿なのかもしれない。もちろん少なからぬ「レミングス」は生き残り、さらに進化を遂げるのだろうが。
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【考察:日本人はどうして日本株を買わないのか】
(最終更新:2013/08/10)
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