「最低賃金引き上げ」「成長力と生産性の向上」~ワーキングプア問題の解決策提示を日本総研が提示
2008年02月25日 06:30
日本総研は2月12日、現在国内の経済問題として大きな課題の一つとして取り上げられている「ワーキングプア問題」について、解決のための処方せん的レポートを発表した。かつて似たような状況におちいったイギリスの事例を参考に、「最低賃金を引き上げる」「生産性を向上させる」「就業スタイルの多様化と職業訓練の活性化を行なう」「負の所得税の概念の導入」などを提言している(【発表リリース】)
スポンサードリンク
●「ワーキングプア」とは
「ワーキングプア(Working Poor)」とは正社員並みにフルタイムで働いても、生活そのものが困難なほど、果ては生活保護水準以下の収入しか得られない就労者層のことを指す。一般的に非正規雇用が対象となりやすく、就労環境の変化から生み出されたものとされている。就職そのものが出来ない「生活の厳しい層」が増大する新興国などと違い、ある程度以上に成長した自由主義圏の先進国で多発している問題とされている。
日本で「ワーキングプア」が発生しやすい環境が形成されている資料も今回発表リリースでは提示されている。いくつかを挙げてみると、まず世帯主が非正規労働者(アルバイト、パート、契約社員など)で収入が正規社員と比べて不安定で少ない世帯数はここ15年強ほどの間に倍増している。
世帯主が非正規労働者である世帯数
1990年は164万世帯だったのに対し2006年には332万世帯に増加している。
また最低賃金もこれまでは企業側の事情に配慮する形で決められていたため、生活保護水準すら下回る状態が続いていた。
最低賃金水準の国際比較
これは「最低賃金のベースで一生懸命働いても、何もせずに生活保護を受けるより生活が厳しくなる」ことを意味しており、働き手のモチベーションを下げる状況を生み出している。
また企業、特に大企業においては「海外との取引で収益を上げれば、国内への投資や従業員の賃金引上げを行なうため、結局日本国内の経済・内需も拡大される」という主張を繰り返していた。しかし実際には収益性のみを考慮し、獲得した経営資源を国内よりむしろ海外での事業拡大に割り当てる傾向を強化。さらに「海外との競争に勝つため」との理由で高賃金の正社員の賃上げを抑制し、低賃金の非正規雇用者を大量に雇う事態となった。
海外への直接投資と対外投資比率。輸出が伸びて貿易黒字拡大が喧伝された2004年~2005年以降急速に上昇しているのが分かる。
今や大企業の収益の「おこぼれ」にあずかり、国そのものや中小企業にその派生効果を期待することは難しい。
●イギリスの事例を参考にした「ワーキングプア解消」策
レポートでは実際に同様の事態(ワーキングプア層の増加と国力・内需の低迷)に苦しんでいたイギリスが、さまざまな政策に手を打ち、状況を改善していった様子を説明している。そして、日本の事情に合わせつつも同様の手法で現状を打開する必要があると説明している。
詳細はレポートそのものに目を通して欲しいが、ざっと箇条書きに並べると次の通り。
・「最低賃金の引き上げ」
特に中小企業において最低賃金を引き上げることが重要。企業にとっては「一人当たりの生産性<賃金」では経営が成り立たなくなるので、同時に生産性を高めることも必要となる。
・「生産性の向上」
外資の積極的な導入と、官民が協力した地域の活性化を行い、生産性を向上させる。最低賃金が引き上げられ企業の経営が成り立たなくなり、結局失業者が増大してしまうというリスクを減らす役割も果たす。
・「就業スタイルの多様化と職業訓練の活性化」
労働力そのものの柔軟性を高めることでも失業者を減らす努力を惜しまない。また、一人一人の労働力の質を高めることで生産性を向上させ、「経費が増すから海外へ工場移転」という状況に陥らないようにする(※注)
・「負の所得税の概念の導入」
就労を促進する所得再分配政策の一つとして提言。イギリスではWTC(就労税額控除)と呼ばれている。イギリスの場合は一定時間以上労働すると就労税額控除による給付(負の所得税)が行なわれる。いわば所得の底上げ。ただし収入が増えれば「負の所得税」は漸減され、課税最低限額でゼロになる。
※注:提言中には明記されていないが、厚生労働省などが(こちらは労働人口の減少を起因としているが)レポートで提示している「国内生産力の質の向上」と同じ結論に達しているのが興味深い
イギリスにおける「負の所得税」の考え方
企業、特に大企業が儲けたお金を国内に投資しないのでは、国内が先枯れするのは日の目を見るより明らか。たとえるなら風呂に水道の蛇口から足す量以上の水を、風呂底の栓を抜いて出しているようなものだからだ。しかし現状において大企業側が「栓を閉める」行為に消極的である以上、風呂に水をためるてお風呂に入れるようにするには、水道の蛇口を開けてこれまでより多くの水を入れねばならない。
そのためにも「もはや大企業に期待していてはどうにもならない」状況を認識し、国内に目を向けている(向けざるを得ない)中小企業が政策や地域などの後押しを受けて手を取り合う。そして国内労働力の生産性を高めて賃金の底上げを現実のものとし、内需の拡大とワーキングプア層の減少を押し進める、ということになる。
一部では非正規雇用を完全否定し、悪行に他ならないと断じる向きもある。しかし非正規雇用は正規雇用と対になり、お互いを補完し合い、柔軟性を高める効果を持つため、必要不可欠な存在と見なければならない。アルバイトもパートも契約社員も無い世の中など想像できるだろうか。雇用の硬直性はかえって経済を縮小させてしまうに違いない。
要は現状が正規・非正規雇用者の割合がアンバランスで、従来の割合における正規雇用者に割り当てられる分(とさらに非正規雇用者への割り当ての一部ですら)の経営資源が海外(への投資)に割り振られてしまっている状況が問題であり、現状がまさにそのような状況にあるといえる。
今回発表されたレポートでは検証を要する事項や効果を疑う部分、反論が必至と思われる内容も少なくなく、パーフェクトな政策提言であると言い切ることは難しい。とはいえ「賢者は先人に学ぶ」の言葉にもあるように、先に似たような事態におちいり、そこから脱することに成功したイギリスの例に学ぶのは悪いことではない。何より提示されている内容自身において、納得のいく要件が多いのがポイント。
一言で概念を説明すれば「働けど働けど我が暮らしなお楽にならざりし、ではなく働けば働くほど我が暮らし楽になりにけり」となるような社会を目指して官民すべてが一歩踏み出そうというもの。容易いものではないが、やって出来ないことではない。何しろ成功事例があるのだから。日本の政策担当者や現場で指揮をする人たちがそれなりに賢ければ、正しい部分は踏襲し、間違っている部分を正し、よりよい結果を出せるはずである。
国の富が(再投資という形であるにせよ)海外に流出する現状は、幕末に似ている感がある。幕末時は日本の金銀交換レートが非常に割安(海外では1対15、日本では1対5)だったため、各国からやってきた商人などが一斉に小判を銀と交換。生糸などの海外への輸出急増や通貨流通量の増加、海外資本による投機的な為替への投資などの理由もあり、猛烈なインフレが発生している。当時はワーキングプアなどという概念もなく、就労への概念も構造も別物だったから一概に比較はできないが、経済状況においては類似点をいくつも見つけることができよう。
幕末時にも経済を立て直す素晴らしいアイディアは豊富に提案されたし、それを実践しようとする優秀な人材も山ほどいた。しかしそれ以上に愚策で無策で改革を嫌がる層が行政側に多く(既得権を侵害される人たちによる)妨害工作も多々行なわれ、ついに状況の改善までには至らなかった。現在が幕末と似たような状況だったとしても、同じような過ちは繰り返して欲しくないものである。
スポンサードリンク
ツイート