「デカップリング論」って何?
2008年02月18日 06:30
先日の【最近よく聞くキーワード「CDS」って何?】に続き、最近よく聞くキーワード解説。アメリカの経済がいよいよもって「リセッション(景気後退)」宣言間近な状況に陥っているにつれ、去年の後半よく交わされるようになった言葉「デカップリング(デ・カップリング)論」(Decoupling)について。何も大きなプリンや女性のバストサイズのことではなく、大元の言葉の意味、「分離」「非連携」「切り離し」から来た考え方。今回取り上げる「デカップリング論」は、景気後退に突入するであろうアメリカ経済を、世界経済全体から切り離して考えよう、あるいは結果的にそうなるだろうという考え方である。
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●「デカップリング」という考え方
「デカップリング」という言葉は農業や環境問題、あるいは電気回路関係で使われている言葉でもある。おおもとの意味は「結合切断」「分離」「切り離し」。切り離す対象はずばり「アメリカ合衆国」。切り離す元は「他の世界経済」。実際に物理的切断や高い関税をかけることによる経済的な切断(前世紀の「ブロック経済」構想)をするわけではなく、考え方としてそういう見なし方もできるだろう、というもの。
言い換えれば
「アメリカの経済は確かに悪くなるかもね。でも中国やインド、ロシア、中東などは高成長を続けているよ。アメリカ一国が落ち込んでも、世界経済全体は成長を続けるさ」
という考え方。今流行の言葉で言い換えれば「アメリカが不況? そんなの関係ねぇー」といったところか。実際に2007年10月17日にIMF(国際通貨基金)が「世界経済展望」の中で「中国・インド・ロシアの三か国が、過去一年間の成長の半分を占めた」と分析したことからも、そのロジックは正しいようにも見える。
2007年10月17日にIMFが提示した「世界経済展望」内レポートにおける、世界全体の経済成長に占める各国のGDPの成長率。タイトルには「新興国マーケットは今や世界経済を引っ張る原動力となった」とある(【関連ページ、PDF】)
市場規模や重みで換算するとまだまだアメリカの力も相当なものだが、それでも2007年は相当相対的な影響力が減少したようにも見える。
同レポート内における、市場規模や重みで換算した世界経済成長に占める影響力。
その他、例えば先に記した【日本へ投資したヘッジファンドの成績、2007年は概して軟調・2008年には希望も】などを見ても、アメリカの経済的な影響力が相対的に減少しているように見える。これらのデータなどから、「アメリカの経済が後退しても、『多数の先進諸国の中の一国』が後退したに過ぎないのだから、他の国が順調ならさほど問題はない」とする楽観論も正当性を持つように見える(ちなみにこの記事中の「アメリカ以外の他の地域の景気高揚が「アメリカ自身の消費減少(つまり「リセッション」を前提としている)」をカバーする・穴埋めしてなお有り余るレベルで行なわれるのなら、その恩恵を2008年の日本市場も受けることができるだろう」という仮説がまさに「デカップリング論」そのものといえる)。
「デカップリング論」
●アメリカの景気後退は本当に「世界経済にさほど影響を与えない」のか
しかしその「デカップリング論」も最近声を潜めつつある。アメリカの景気後退のレベルが想定されていたものより高く、広範囲に及ぶ可能性が出てきたこと、そして何よりも「アメリカ経済の影響力は他国の隅々にまで多かれ少なかれ浸透している。その浸透元の経済が怪しくなれば、浸透した分だけ影響を受けるのは必至」ということが次第に分かってきたからだ。
一番顕著な例が日本。日本は今世紀に入ってからの景気後退と回復の過程で、経済構造を外需、とりわけアメリカ重視に傾けてきた。要は日本という名のデパートが「上得意のお客様をアメリカに決め、色々と便宜を図ってさらにお買い物をしてもらおう」という構図を創り上げた。その上得意様が気前よくお買い物をしているうちは何の問題も無かった。
しかし景気が悪くなり、その上得意様の財布のヒモも固くなる。「上得意様第一主義」を決め込んでいた「デパート日本」は頭を抱えることになる。売上が伸びない、さあどうしよう……というのが今の日本の経済構造。ちなみに「地域のお客様にも買いに来てもらおう」と考えてはいるものの、デパートの進出で周囲の商店街が軒並みつぶれてしまい住民たちの購買力も落ちているため、門戸を開いても売上が上がらない始末というところ。
日本ほど極端ではないものの、アメリカを相手に多額の貿易をしている国は数多い。一番の上得意でなくとも、お得意様には違いない(何しろアメリカは「消費を国是」としているのではないかと誤解してしまうほど、消費をするのが大好きなのだ)。これも経済のグローバル化ゆえの結果。
また、経済のグローバル化だけでなく、金融のグローバル化も「デカップリング論」を肯定できない大きな要因として存在する。昨年後半に、ノルウェーのナルビク市がサブプライムローンの損失で市の職員への給料が払えなくなった事例が良い例といえる(この時は収入源だった水力発電所からの収入を、地元証券会社のすすめでシティグループのサブプライムローン関連商品に充てたところ、この商品が清算されて損失が確定。結果として大損してしまったというもの)。
ある国内の証券会社から勧められた金融商品の中に、地球の反対側で運営されている証券やその他商品のリスクが混入されている可能性は十二分にある。日本でも先に【昨年末までの国内金融機関のサブプラ商品保有額は1.5兆円、損失は6000億円】でお伝えしたように、直接投資した案件だけでも1.5兆円の規模でサブプライムローン関連の商品を保有している。サブプライムローンなどを取り扱う企業に投資することで、間接的に投資や融資をした案件については未集計なので、今後アメリカの景気後退で発生しうる損失はさらに増大すると見て良いだろう。
「デカップリング論」の実際。特に金融面では世界中が相互的にリンクされているので、一国の大規模な損失は他国に多かれ少なかれ影響を及ぼしうる。
普段口にしている食べ物の原材料が世界各国からのものであるのと同様に、世間一般に運用されている金融商品の多くに、アメリカをはじめ海外の情勢を反映しうる要素が多分に含まれている。「アメリカの景気が後退してもまったく関係ないね」と無視を決め込むのは難しい。
●答えは二者択一にあらず
それではやはり「アメリカ発世界恐慌」が起きるのか。実はそれも考えにくい。アメリカの景気後退が他国に与える影響は少なくないのは事実であるし、実際に景気後退に伴い大手金融機関の経営破たんが起きれば、ヨーロッパをはじめ各国に与える経済的・心理的影響は無視できない。
しかし実際にはアメリカの景気後退の度合がどれくらいに達するかによって、他の成長国に与える影響も大きく異なってくる。最悪の事態でなければ、「デカップリング論」はほぼそのまま現実のものとなるだろう。
また、景気後退状態になってもアメリカは国として存在するし、その国民は経済活動を続ける。何も大地が割れ、都市が水没してしまうほどのものではない(実は物理的ではなく住民的なレベルでそれに近いことが起きているのだが、これについてはまた機会があればということで)。
むしろ「あまりに悲観的に考え萎縮してしまう」「楽観的な推測で備えを怠る」ことによる問題の方が大きいだろう。このような状況においては人の噂が偶発的(あるいは意図的に)流され、市場が翻弄されることが多々ある。「彼ら」の口車に乗せられることほどシャクなことはあるまい。
一人一人のレベルで出来ることはさほど多くない。数ある情報の中から正しいものを見極め、自分自身で適切な判断を下す(過度な行為は厳禁)。そして「備えよ、常に」の心意気を忘れないこと。それと同時に「冷静な判断力を保ち続けること」。何より自制心を維持することが大切といえるだろう。
(最終更新:2013/08/11)
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