生産性が「正社員は150~160%向上」「請負・派遣は30~40%低下」抜け殻社会の現実
2007年04月07日 11:00
先に【JTの重役曰く「禁煙すると長生きするから医療費が増える」】で触れたように、最近色々とビジネス系冊子に目を通す機会が増えた当方(不破)だが、先日購入した「日経ビジネス」に気になるデータが掲載されていたので紹介する。対象号は2007年4月2日号「”抜け殻”正社員 派遣・請負依存経営のツケ」。むしろサブ特集の「ネットのあした」や新興市場と会計士の問題提起コラムが目的で購入したのだが、つい主特集の方に目が行き、該当するデータに釘付けになってしまった。そのデータとは「正社員の数を減らして請負・派遣で穴埋めする体質は戦略的に失敗。それを明確に表すデータとして、7年間で正社員の生産性は向上し、請負・派遣は低下した」というものだ。
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●不祥事続発は「正社員切捨て」が原因
特集では【キヤノン(7751)】の偽装派遣問題を筆頭に、テレビ業界の相次ぐ不祥事や郵政公社でたびたび報じられるようになった遅配・未配問題などを例に挙げ、「派遣関連の法律の改正を悪用され、この10年間に多くの会社で空洞化現象が蔓延してしまった。経験も知識もノウハウも蓄積されないしモチベーションは下がるので、生産性も落ちるしミスも多発し不祥事も起きる。短期的には経費削減に見えても結局コストは高くつく」と結論付けている。
容易な人件費削減、
正社員から派遣・請負の
体制をうながした。
会社に蓄積されるべき
技術やノウハウは
失われる一方。
記事中には「どこもかしこも自分じゃできない症候群」「番組を作れないテレビマン」「届かない年賀状の背景も……」「大手でもシステムを作れない」など、衝撃的なコピーが踊る。その上で最近ようやく、「正社員を作り直す試み」が進んでいる、とまとめている。
当方に言わせれば「何をいまさら」という感が強い。いや、記事そのものに対してではなく、記事に描かれている企業に対して、だ。すでに詳細は【「給料が上がらないのは人件費を減らして利益を上げねばならないから」のカラクリにダウト!?】でも語ったが、「人件費の削減は(遊んでいる役員なり顧問を切るなどのムダを省くのならともかく)従業員のモラル低下を招く。請負や派遣に任せたのでは技術や経験の蓄積という「お金では買えない」会社の財産を育てず、どぶに捨てることになる。「自分らが経営者のイスに座っている間だけどうにかなればいいや」というのなら、企業の大原則である「ゴーイングコンサーン(企業は永遠に継続しなければならないとするもの)」に反することになる。一言で例えれば「利益の食い逃げ」のようなもの」なのである。
武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり」の言葉に代表されるように(ちなみに戦国時代を勝ち抜いた織田信長・豊臣秀吉・徳川家康いずれも人事に厚い……信長は少々極端だが)、人は信頼関係によって雇用する・雇用されるの立場となり、雇用される側は経験や知識を蓄積し、自らを磨き上げ、会社への貢献度を増やしていく。それが何物にも代えがたい財産(本人にとっても、会社にとっても)となる。それを切り捨てるシステムを導入して一時的に「利益が増えた」とぬか喜びする経営者は、短期売りぬけならともかく、中長期的には失格といえる。
確かにここ数年、業界の体質改善が行われたわけでもなく、原材料費が安くなったのでもなく、技術革新が行われてもいないのに、業績が急激に伸びて利益が跳ね上がった企業が続出していた。新聞には「収益二桁アップ」「またもや大幅増収増益」の文字が次々と飛び込んできたが、それらの種明かしをすればほとんどがこのようなカラクリだったわけだ。いわば「将来芽を出し多大な収穫をもたらすであろう種もみをその場で食べてしまった」ことになる。これでは上にあるような空洞化、参考誌のタイトルにある「”抜け殻”正社員」が増え、会社そのものがハリボテ状態になっても仕方あるまい。
●「7年間で正社員の生産性は向上。請負・派遣は低下」
さて、前置きが長くなりすぎた。ここからが本題。「正社員が技術やノウハウの蓄積で会社に貢献する? 具体的数字を出せ」と言う人がいるかもしれない。当方もかつて似たようなことを言われお手上げ状態になった経験がある。しかし今日経ビジネスではそれについて、具体的なデータが掲載されていた。以下がその引用だ。
ある電子部品メーカーが衝撃的なデータを持っていた。2000年~2006年の7年間に、この会社で正社員がやっていた仕事は生産性が150~160%向上した。これに対し、請負・派遣社員を使った部門の生産性は30~40%低下した。この会社は2年前に請負をすべて派遣に切り替え、「派遣で3年続いた人は全員、正社員になってもらう」(同社の社長)という。
残念ながら具体的メーカー名をはじめ、詳細なデータを探り当てることはできなかった。しかし正社員による経験やノウハウの蓄積が会社に大きな貢献をもたらすという、数字に表れた具体的なデータとして、注目に値する。
請負・派遣社員に非があるわけではない。ただ、半年から一年で会社そのものを移動させられ、正社員と同じ内容の仕事をさせられて給料が半分では、モチベーションが上がるはずもなく、経験や知識が習得できるわけでもない。ゲームに例えると「多種多様なダンジョン(迷宮)で敵を倒し宝物を手に入れても、半分は自動的に親方にもっていかれ、ダンジョンから一度出るとレベルがすべて1に戻され、別のダンジョンに放り込まれてしまう」というところだろう。これでは会社も請負・派遣社員も両方、たまったものではない。得をするのは……誰かは、分かるね?
このような、蓄積が出来ない会社とできる会社の差は、年単位でじわじわと現れてくる。恐らく今後、これまで「急速に営業利益拡大」としていた会社の多くで、同じような問題が出てくるはずだ。先の「あるある問題」や郵政公社の不祥事はその一端に過ぎない。
投資の一手法に「長期投資」というスタンスがある。数年、十数年、数十年の範囲で企業を見つめ、長く成長を続けるであろう(そして配当を生み出し株価上昇をもたらす)企業の株を買うというものだ。その「長期投資」において銘柄を選択するなら、このような「派遣・請負で会社が本来得る財産を切り捨てているか否か」もしっかり見極める必要が出てくるに違いない。
「会社経営が辛いとき、リストラする必要があるではないか」という反論もあるだろう。しかし「リストラ」の本来の意味は「リストラクチャリング(Restructuring)」であり、直訳すれば「再構築」。必要なものを切り捨てて、代替のもので穴埋めするという意味ではない。見た目が同じだからよいだろうとして、表紙だけコーティング用紙でも、中身がわら半紙になった復刻本ではお粗末極まりない。
見極める必要があるのは、何も投資に限らない。従業員のこと、サービスのことを考えない会社の商品には常にリスクが伴う、と考えてよい。日常生活においても、「本当に信頼のおけるものかどうか」を考えた上で、選択しなければならない時代がもう目の前に迫っている。そう考えてもおかしくはない。
(最終更新:2013/08/21)
※「請負」と「派遣」
「請負」は発注元から独立して仕事をするもの。その仕事の準備や責任はすべて請負側にある。一方、「派遣」は発注元の管理下。発注元の社員と同じような扱い。派遣社員は3年間連続して同じ会社に勤めた場合、本人が希望すれば正社員として採用しなければならない、労働各法の規制が適用されるなど、発注元にとっては頭の痛い問題が多い。そこで「請負」といつわって事実上の派遣を受け、責任を回避しようするのが「偽装請負」である。
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