失業率30%、毎月30万円のおこづかい……世界最強サウジのニートたち事情、そして
2007年03月22日 23:00
元々世界でも大手の石油産出国が集まる中東諸国だが、昨今の原油高によってさらに巨万の富を得て経済は活性化の一途をたどっている。イラン・イラク情勢をのぞけば中東からの報道は景気の良い話ばかりで、中東諸国の富裕層による「日本買い」を「オイルマネーがやってきた」と比ゆする言葉も個人投資家の間に定着しつつあるほど。そのような情勢の中、特に景気の良いサウジアラビアでの社会情勢にスポットライトを当ててみることしよう。ターゲットはサウジアラビアのニートたち。しかし日本のニートとはワケが違う。いわばネオニートと呼ばれる階層の、もしかしたらさらにその上を行く人たちかもしれないのだ。
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●「ニート」の定義
まずはニートの定義。イギリス政府が労働政策上の人口の分類として定義した言葉で「Not in Education、 Employment or Training」(教育も受けようとしないし働こうとしないし職業訓練をしようともしない)が語源。ここでは日本で現状使われている意味としての「若年無業者問題」及び「その対象となる人たち」を指すことにしておく。どちらかというと「無気力で積極的に働いたり学習しようという気概が感じられない」の意味合いが強い。
●サウジアラビアの現状
サウジアラビアは正式名称をサウジアラビア王国と呼び、首都はリヤド。紅海の南岸、イラクやヨルダンの南にある、比較的大きな国だ。主産業は地下に埋まっている原油及びその原油から作られる石油製品の輸出。この収益はすべて国家の収益となり、そこから国民に分配される。2006年度における原油生産量は1104万バレル/日で、ロシアを抜いて世界第一位。
今世紀に入るまで国家財政は赤字続きで国債を発行してしのいでいたものの、今世紀に入ってからの原油高(数年で3~4倍)により、財務状態は改善。借金を返済し、さまざまな事業に手を出している。元々税金は基本的に無し、住宅や福祉も無料で受けられるという、ある意味桃源郷のような世界(住宅の無料提供は2006年から)。
また労働は外国人労働者に任せるという状況が続いている。労働人口の約半数は外国人労働者。総計で300万人を超えているという。
外交的にはリベラル志向を持ちつつバランス感覚に優れた外交戦略を持ち、価値観の違う諸国間の橋渡し役を果たしてきている。
ただし、報道管制が非常に厳しく、今回参考にしたNHKの「苦悩する石油大国 ~サウジアラビア最新報告~」や週刊ダイヤモンドの特集号で珍しく話が見えてくる程度。
●急増する若年層、しかし就業率は低下・サウジ版ニート問題
サウジアラビアの人口は約2500万人。うち6割近くが20歳未満という非常に若々しい人口構成をしている。日本の逆ピラミッド型とは大違い。
本来なら「労働者人口が増えて素晴らしい」ということなのだが、サウジの事情は少々異なる。20代前半の30~40%が俗に言う「失業者」なのだというのだから驚き。しかも職がないから、ではなく「意図的に働かない」ことによる失業だ。
サウジアラビア人に対する若年層の優遇措置はざっと次のようになる。
・大学までの教育費、医療費、社会福祉費が無料。
・住宅も無償提供。
・国立大学や職業訓練場では毎月小づかいが出る。
・電気代、ガス代も補助金が国から出る。
これだけ優遇されていれば、労働意欲も無くなろうというものだ。
そして問題になっているのが「サウジ版ニート問題」。働かなくとも優雅に過ごせる環境の中で、働く意欲を失う若者が増えているというのだ。結果として失業率は上がることになる。彼らはまさに、ニートの定義そのものであろう。
ある30歳の若者は「政府から住宅資金として900万円をもらった。仕事なんか必要ないさ」と語っていた。また、別の不動産業者の父親を持つ若者は、公務員試験に落ちたあとは毎月30万円のこづかいをもらい、働かないで遊ぶ毎日を過ごしているという。父親もムリして就職することもないと特に気にも留めていないとのこと。いわく「安定していて快適で勤務時間が短い公務員の仕事ならやってもいいですよ。でもそれ以外の仕事は忙しいからいやです」。
もちろんサウジアラビアにも多くの、勤勉で優秀、素晴らしい「はたらきびと」はいる。すべてがすべて、就業意欲を失っているわけではない。承知していると思うが、念のため。
●政府も対応策を打ってはいる、が……
このような「サウジ版ニート問題」に対し、ただ政府も手をこまねいているわけではない。「働かない割合」がきわめて多い若年層を抱えたまま年数が経過すれば、石油の収益だけでは国家財政が成り立たなくなるのは目に見えているからだ。
政府では職業訓練校の運営をして働く意欲を身につけさせようとしたり、労働法を改正して国内企業にサウジアラビア人の一定割合の採用比率を義務付けたり、特定の業種はサウジ人に限定するなどの施策「サウダイゼーション」を打ち出している。特に職業訓練校では毎月5万円の支給も行うほど。しかし効果は今二つ。
なぜなら、若年層自身もその親も、先の若者の言葉にもあるように「出稼ぎの外国人労働者がするような仕事をするくらいなら、働かなくてもよい」と考えているから。企業側でも、その多くが技術や意欲の面で外国人労働者に太刀打ちできない、さらに仕事を覚える気力もないサウジの若者を雇うのはごめんこうむりたいということになる。先の職業訓練校も、卒業後実際に就職したのは約半分。
そこでリスト上だけサウジ人を雇って実際には雇用していなかったり、抜き打ち検査に備えて頭数だけそろえる形で雇ってはいるが、実際には給料だけ払って何もさせていないという状況があちこちで見られるという。前者の場合、「サウジ人を雇うには外国人労働者の5倍の賃金を支払わねばならない。企業活動が成り立たない」という事情があるようだ。
また、国自らが大規模プロジェクトを立ち上げて雇用環境を作り出し、若年層の労働場所を創生しようと努力している。しかし元々「働く場所がないので働かない」ではなく、「働かなくても裕福な暮らしができるから働かない」「楽できる仕事が無いので働かない」なので、国の施策も半ば空周り。
●タイムリミットはそう遠くない
サウジ政府では原油高で国家財政が潤っている今を絶好のチャンスとし、今回の「サウジ版ニート問題」対策をはじめとする教育分野に国家予算の1/4を充てている。この点だけを見ても、少なくとも政府側では将来への強い危機感は十分以上に持っている。
また、前世紀から「もうすぐもうすぐ」といわれていることではあるが、石油資源は有限であるため、いつかは採掘量が減り、いずれは採算が取れなくなる。その日がいつになるのか、特に国家中枢に位置する人たちは恐怖しているという。
原油高となり国家財政が豊かになれば国全体の経済システムや「サウジ版ニート問題」をはじめとする社会問題の解決を試みるための予算も取れるようになるが、同時に国全体が豊かになるため人々の労働意欲は失われる。
かといって原油価格が下がれば人々の危機感は強まるものの、今度は国家財政がひっ迫化し国が率先しての社会問題対策が取れなくなる。
そのようなジレンマにサウジアラビアは陥っているというのだ。ただ単にお金があれば良い、というものでもないわけである。
先にも説明したように、今ですら人口の過半数を占め、就業意欲を持たない人が多い20歳以下の若年層がそのまま年を取り、さらに新しい子どもが多数生まれて育てば、「サウジ版ニート」の数はますます増えてくる。原油高がこのまま続いてもいつか「原油事業による収益」と「市民への還元予算」のバランスが崩れてくるに違いなく、原油価格が下落すればタイムリミットはますます短くなる。
日本の場合は原油などの地下資源があるわけではない。ニートの大部分の原資は親などにまかなってもらっている(一部「ネオニート」のように自ら稼いでいる者もいるが)が、構造的には似通っている部分が少なくない。
日本の場合は生活費をもらっている親がいなくなったら、サウジの場合は原油事業で国の現社会体制がまかない切れなくなったら、その後はどうするのだろう。
その時をタイムリミットと定義づければ、その日は遠い先のことではないのかもしれない。それまでに日本もサウジも何か打開策を見つけ出し、解決に向けて歩き出すことができるだろうか。
残された時間は分からない。考えるべき人、考えられる人が一生懸命知恵をしぼってアイディアを出し、少しでも良い方向に軌道修正をしなければならないことだけは確かだ。
参考:
「苦悩する石油大国 ~サウジアラビア最新報告~」(NHK:クローズアップ現代)
週刊ダイヤモンド
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